東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)8号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕訂正発明の履板が(a)断面が三角形或は三角形に近似な形状であることを構成要件とすることは当事者間に争いがない。原告は訂正後の特許請求の範囲の「その底辺を除く二辺に相当する面が地面を展圧して泥を搗き固める如く構成する」との記載および「湿地用装軌車輛」の記載を根拠として、(b)三角形の頂角はほぼ九〇度であること、(c)広幅低接地圧に形成されることが、前記(a)ととも訂正発明の履板の構成要件である趣旨を主張する。なるほど、履板が狭幅高接地圧に形成され、その結果軟弱地において車体が沈没するとすれば、履板が地面を展圧して泥を搗き固めることができず、湿地用装軌車輛の履板として用いることができないことは原告主張のとおりであるが、(b)および(c)を(a)とともに構成要件とする発明について特許を請求する趣旨が訂正後の明細書特に特許請求の範囲に記載されていない限り、(b)および(c)が訂正発明の構成要件であると解することはできない。そこで、訂正後の特許請求の範囲に右の趣旨が記載されているかどうかについて考えるのに、原告主張の「湿地用装軌車輛」の記載は「構成することを特徴とする」との記載の後に続くものであるから、(c)を構成要件とする発明について特許を請求する趣旨を表わすものでないことは文理上明らかである。次に原告主張の「その底辺を除く二辺に相当する面が地面を展圧して泥を搗き固める如く構成する」との記載は、文理に則して解釈すれば、その前に続く「断面が三角形或は三角形に近似な形状をなし」との記載を承けてその作用を説明したものであると解するのが相当であるから、右記載が仮に履板の構造を限定する趣旨を含むとしても、それは履板の断面の形状についてだけであると解すべきである。ところで、装軌車輛の接地圧は履帯の単位接地面積(左右両側に履帯を備える普通の装軌車輛の場合は履板の幅に履帯の接地長を乗じたものの二倍)当りの車体重量であることは常識上明白であるから、履板の構造だけでこれがきまるわけではなく、しかもこれに関係があるのは履板の幅だけであつて、履板の断面形状は接地圧の高低とは直接には無関係である。したがつて、(b)はしばらくおき、(c)を構成要件とする発明につき特許を請求する趣旨は、「発明の詳細なる説明」の項の記載から特段の解釈が許されない限り、訂正後の特許請求の範囲には示されていないといわねばならない。そこで、成立に争いのない甲第三号証の二によつて認められる訂正後の明細書の「発明の詳細なる説明」の項の記載を検討するのに、(c)の構成自体または(c)と(a)との組合せに本件特許出願当時の技術水準において技術上の困難性があり、その克服を発明の課題としてその解決手段を説明した記載は全くなく、却つて(c)の構成自体は本件特許出願当時当業者間に周知であつた旨の記載がある。したがつて、訂正後の特許請求の範囲の記載が(c)をも構成要件とする発明について特許を請求する趣旨であると解する余地はない。
一方、引用例には、断面四角形の金属板、その上のゴム台、断面三角形でその頂角の部分が地面と接触するようゴム台上に取付けられる着脱自在のグローサを備えたトラクターの無限軌道用の履帯が記載されていることが認められる。原告は、右のグローサは履板である金属板に取付けて摩擦力を増大させるための着脱自在の歯であつて履板ではない、と主張し、グローサが着脱自在の部品であることは右認定のとおりであるが、右甲号証によれば、グローサを金属板上のゴム台に取付けた場合は、グローサは金属板と一体をなして履板と同じ作用を営むことが明らかであるから、これを一体として履板と認めるのが相当である。
そこで、グローサを金属板上のゴム台に取付けた状態において引用例記載の履板と訂正発明の履板とを比較すると、引用例記載の履板の断面が三角形状であることは前認定のとおりであるから、訂正発明の前示(a)の構成要件が引用例に開示されていることは明らかである。次に、引用例記載の断面三角形状のグローサの頂角はほぼ九〇度であることが認められるので、仮に前示(b)が訂正発明の構成要件であるとしても、この構成要件もまた引用例に開示されていることが明らかである。したがつて、訂正発明の構成要件は全部引用例に開示されているといわねばならない。そして、構成要件が同一であれば同一の作用効果を営むことは条理上当然であり、かつ発明の目的は発明者の主観的意図に過ぎないから、訂正発明の構成要件が全部引用例に開示されている以上、原告主張の訂正発明の目的および作用効果が引用例に記載されていると否とを問わず、訂正発明は引用例に容易に実施できる程度に記載されているものと認めざるを得ない。
以上のとおり、審決には原告主張の違法はないから、原告の請求を棄却する。
(服部高顕 石沢健 滝川叡一)